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従来の保険は壊滅的なリスクには対応できない

2011年の東日本大震災において、被災地へのボランティア活動にプロジェクトCEOの野上憲一が参加したことがインシェアランスプロジェクト設立の契機となりました。地震と津波の被害の大きさ、そして原子力発電所事故により荒廃した風景に圧倒されました。


その後、津波や地震による経済的被害の17%、福島原子力発電所のメルトダウンによる被害のわずか0.6%が保険でカバーされただけで、伝統的な保険は災害からの復旧にほとんど役立たなかったことに再びショックを受けました。



21世紀における壊滅的リスクの拡大

21世紀の破局的なリスクには、地震、津波、火山噴火などの伝統的リスクだけでなく、原子力発電所のメルトダウンや温暖化によって引き起こされる地球規模の災害、開発が進むにつれリスクが高くなるパンデミック、世界全体で稼働するITシステムの崩壊など、人類が引き起こす新たなリスクも含まれてきます。 これらは発生確率が低く、いったん発生したときの被害額が大きすぎ、従来の保険会社がリーズナブルな価格でカバーするのは難しいリスクです。

インシェアランス事業は、この問題を解決することが目標です。この事業が成功するためには、3つの大変困難な課題(ムーンショット)を解決する必要があります。



伝統的保険の資本コスト

保険は被保険者(契約者)と保険会社の2当事者間の双務契約であり、被保険者は保険会社に保険料を支払い、保険会社が給付金を支払います。基本的に両当事者の利害は対立しています。保険会社は保険料を高く、給付金を減らした方が利益拡大します。被保険者からみた合理的な保険料は、給付想定額に、その発生確率を掛けたものとなります。ところがリスクの発生確率は安定していないため、継続企業である保険会社は、損失を出さないように、利益のバッファーとしてリスクマージンを保険料に上乗せします。保険会社が継続企業として倒産しないようにするほど、リスクマージンは高くなります。

 

壊滅的なリスクの場合、この構造はより深刻な問題を引き起こします。被保険者から見ると、発生確率に想定損失をかけあわせた値が期待保険料になります。一方、最終的なリスクの引受手である保険会社の株主から見ると、壊滅的なリスクの発生確率は通常のリスクに比べ小さく不安定で、想定される損失は巨大かつ不安定なため、両方を掛け合わせた被保険者から見た期待保険料に比べ、リスクマージンが大変高いものになります。保険会社の株主や規制当局は、最終的な損失を回避するために十分な資本を用意することを要求します。発生確率が低いということは、保険会社はこの巨大な資本を何年も保持する必要があることを意味します。さらに、壊滅的なリスクの経験と統計が一般的に不足しているため、損失の規模とリスクの発生確率を推定することは非常に困難です。従って必要なリスクマージンは巨額にならざるを得ません。

さらに21世紀に拡大しそうなリスクはさらに深刻です。地球規模の気候変動によってもたらされる風水害や大規模森林火災のリスク、新たなパンデミックリスク、世界規模の巨大システムの破綻リスク、これらの新たなリスクの予測モデルは存在しません。

この巨大なリスク資本を長期に保持すること、その資本が要求する非常に高いリターンは保険料に非常に高いマージンを加えることでしか賄えません。当然、被保険者が払うには高すぎるということになります。



壊滅的なリスクのシェアが満たすべき最小限の基本機能

被保険者と保険会社の間のこの需要と供給のギャップ(それぞれが適正とする価格の格差)は、被保険者と保険会社を分離していること、すなわちリスクの出し手と受け手を両当事者として対応関係に立たせている、従来の保険の基本構造によって引き起こされます。最もリスクの引受能力が高いとされるロンドンのロイズでさえ、被保険者と保険者がわかれていることにおいては同じ構造です。ネームと呼ばれるリスクの引受手は無限責任を引き受ける代わりに相応の高いマージンを要求します。

保険の起源の1つは、大航海時代の約700年前の海外貿易船へのジョイントベンチャー投資です。多くの人々が大陸間で商品を交易し利益を得るために海外貿易船にお金を投資しました。彼らが他の大陸からの多くの商品を無事持ち帰ったならば、投資家は商品を売ることによって得る大きな利益を分け合いました。一方、海外貿易船が戻らなかった場合、投資したお金を等しく失うことになりました。言い換えれば、すべての投資家が損失リスクを共有しました。これは株式会社の起源といわれますが、保険の起源でもあるのです。海外貿易船の場合、投資家はリスクの出し手でもあればリスクの引き受け手でもあるのです。単一の投資家が船を所有する場合と比較して、このジョイントベンチャーは、投資家が少ないお金を持ち合うことにより、リスクのシェアをしているのです。

インシェアランスの基本的な基本理念は、この海外貿易船の構造に立ち返って保険の構造を再検討することにより、壊滅的なリスクシェア方法を再発見することです。

インシェアランスのすべての参加者は、リスクシェアリング期間の開始時に、被保険者と保険者の両方の性格を有しています。海外交易船の出航前と同じです。インシェアランスは、被保険者から保険会社にリスクを移転するためのメカニズムではありません。海外貿易船の投資家と同様に、リスクを分担するメカニズムです。インシェアランスでは、参加者はリスク共有期間の開始時にpremiumを支払いますが、この時点で、すべての参加者は被保険者と保険者の両方の性格を有していますから、premiumは存在しない保険者に払うのではなく、いわば参加者のコミュニティーの共有財産への拠出が行われるというのが正確な表現です。海外交易船へ投資家の出資したお金で交易船を築いたり、乗組員を雇い入れたりするのと同じです。

リスクシェアリング期間に一部の参加者にリスクイベントが発生した場合、給付を受け取るという意味で被保険者になり、その他の参加者は保険者の役割になります。これは確率的なプロセス(確率過程)です。リスクシェアリング期間の終わりにおけるリスクプールを給付対象者で均等に分け与え、給付が行われることによってリスクシェアが行われます。



他のピアツーピア保険との比較

Ant Financialは、中国でピアツーピアがん保険を提供しています。給付は固定で、保険料は可変です。保険料はリスク共有期間後に支払われます。 Ant Financialは、保険契約ごとに支払われる保険料の上限を設定しています。給付金の支払総額が、最大保険料の総額を超える場合、資本から差額を支払うことになります。がん保険のリスクは比較的小さく、安定しているため、この最大保険料は、参加者とAnt Financialの両方にとって妥当なレベルに設定できます。しかし、同様な仕組みで壊滅的リスクを対象にすることは、壊滅的リスクの発生確率が不安定であるため、資本による支払いの可能性が高くなるため、壊滅的なリスクを対象にすることには適していません。

Lemonadeは、米国等で固定保険料と事前に定義された損失を補填するピアツーピア住宅保険を提供しています。保険料収入が給付金支払いを超える場合、差額は社会目的等に寄付されます。給付金の支払いが保険料収入を超える場合、会社の資本の不足分を支払います。給付支払いが少なく差額が出たときに保険者の利益とならないことから、ピアツーピア保険の一種とされています。レモネードのモデルは、従来の相互保険に似ています。レモネードと相互保険の違いは、全額寄付です。相互保険の場合、利益の還元を行いますが、100%ではなく、還元しなかった部分は保険会社の利益になります。保険料を定額に設定しているので、壊滅的なリスクをカバーするためには相当に高い保険料を設定しないといけません。このため発生確率や損失額が不安定な壊滅的リスクの引き受けは難しくなります。

インシェアランスは、壊滅的なリスクシェアを対象にできる唯一の方法です。premiumは固定ですが、給付はリスクプールを均等配分することにより行います。従って給付額はリスクの発生や給付対象者数により変動します。ただし、給付が行われる範囲において対象者の損失軽減に役立ちます。保険のようにリスクの移転(transfer)までは行いませんが、リスクの緩和(mitigation)が行われます。リスクシェアの基本(リスクの緩和)に機能を絞ったことにより、従来の保険や他のピアツーピア保険では扱えない壊滅的なリスクのシェアを可能にしたということです。



公正なリスクシェア

地震インシェアランスでは、保険料はマグニチュード7以上の地震の発生確率を科学的に算出することによって計算されます。 下のヒートマップは発生確率の高低で世界地図を色分けしたものです。すべての世界中の参加者がそのカバー地点ごとの地震の発生確率に基づく拠出を行うことで、世界単一のリスクプールで公正なリスクシェアが行えると考えています。国ごとに見ればまれにしか発生しないマグニチュード7以上の地震も世界全体では平均して1年に13.4回発生しています。 大数の法則が成立すれば給付も安定化することが期待できます。また、東京などの経済集積地は参加者が増え給付額が少なくなる可能性がありますが、情報開示に加え、CATボンドや再々保険等の手法やブロックチェーンの技術を活用して困難を解決したいと考えています。

助け合い生命保険は、従来の保険には健康状態から加入できない人向けのリスクシェアサービスです。平常時では従来の保険の手法でも対応可能な分野ですが、Covid-19のような未知のパンデミックが感染拡大した場合、いわゆる未知のリスクのシェアを行うことが求められます。特に医療崩壊等が生じた国では致死率を医療技術でコントロールすることは不可能になりますから、従来の保険の手法では対応は困難になります。助け合い生命保険では年齢別のリスクに応じたpremiumを設定し公平性を確保しつつ、パンデミックによる医療崩壊時を含み、引受保証の死亡リスクのシェアを行うことができます。



インシェアランスと保険は相互補完

自動車の運転は、将来は人間に代わってAIが行うことによって、自動車事故の発生確率が極端に低くなることが予想されます。そうなると、自動車保険料はリスクを反映して著しく減少するとともに、自動車オーナーの運転技術や運転スタイルが自動車事故の発生確率に与える影響は少なくなっていくことが見込まれます。保険料が十分に低くなると、保険会社が個人データを収集することの大義名分が成立しなくなり、また消費者がプライバシーに属する運転記録等のデータ提供を行うメリットが少なくなります。むしろ、個々の運転技術等ではなくAIの不備やそれを統制するシステム全体がハッカー等により、グローバルな壊滅的なリスクイベントが発生する可能性を重視すべきでしょう。そのブラックスワン部分のリスクシェアはインシェアランスが行い、従来の保険は、追加オプションとして給付の最低保証を行う相互補完的な役割分担となることが予想されます。

生命保険や健康保険も同様の関係にあります。より高度な医療技術とバイオテクノロジーによる医薬の発展により、生命や健康リスクは著しく低減することが予想されます。人間の健康や生命は医薬の技術進歩により高度にコントロールされることが予想されます。そのとき生命保険や健康保険の料率は、著しく低くなると予想されます。また、死や発症の確率を提供することも可能になると予想されます。これらは非常に機密性の高いプライバシーの問題となることは間違いなく、保険会社が引き受け判断等に利用することは制限される可能性が高いと考えます。保険料自体が低下しているので、提供するメリットも少なくなるという面もあります。高度に発展した医薬技術の下では、いかに個々人の健康が管理されているかによってリスクが決定されるようになります。COVID-19において医療崩壊の有無が致死率の大きな決定要因であったように、医薬技術の適用状況が、死亡や発症の決定要因として重要になるということです。そして、制御が失敗すると、健康状態が悪化し、最悪の場合は死に至るということになります。そのような制御不能な状態は個々の健康状態の変化よりも、制御システムの破綻やパンデミック等による患者の急増によりもたらされることになるでしょう。インシェアランスはこれらの医療崩壊やシステム破綻リスクのシェアを提供したいと考えています。そのとき従来の保険は、追加オプションとして給付の最低保証を提供するという役割を相互補完的に提供することになると予想されます。



鶏卵問題

一般にピアツーピアのプロジェクトは鶏卵問題に直面します。ピアツーピアサービスを魅力的なものにするためには多くの参加者が必要ですが、プロジェクトの初期はプロジェクトに参加する人が少なく、サービスが適切に機能を発揮しないという状況をいかにブレイクスルーするかという問題です。壊滅的なリスクの発生確率は非常に低いため、大多数の人々は壊滅的なリスクに備える必要性を認識していません。 インシェアランスにとって通常のプロジェクトよりこの鶏卵問題は大きな壁だと認識しています。鶏卵問題は、比較的強い需要のあるセグメントをターゲットにマーケティング活動を行うことにより、解決されます。例えば助け合い生命保険は、COVID-19が現下の壊滅的リスクであり、それに応じたマーケティング活動を行うことが合理的です。



インシェアランスへの法規制

定義:保険は一般的に、保険料と保険給付の双務契約として規定されます。集団的リスクシェアであるインシェアランスは、自然な解釈としては対象外になる国が多いと思われます。ただ、日本や米国のニューヨーク州のように裁量的な解釈を許す法体系を取っているものもあります。最低資本規定等はリスク移転を前提に制定されているので、現行法はインシェアランスには適用すべきではないと考えられます。将来は定義規定が整備され、国際的な統一が図られることが適切だと思われます。

リスク資本要件:インシェアランスに、保険会社のバランスシートを強化するための既存の最低資本等の資本規制およびその他の多くの規制を適用されることは合理的ではないと考えます。この点から、逆に現行法は、インシェアランスの登場を想定していないと解釈できると思われます。将来の定義規定の見直しに合わせ、法整備がなされることが、めざすべき方向だと考えられます。なお、それまでの過渡的な法令の下では、規制のサンドボックス等を活用して、フレキシブルな対応がされることを望みます。

グローバルリスクプール:壊滅的リスクにはグローバルにリスクプールを構築することが必須になります。30年以内に70%の確率で発生すると日本政府が発表した首都直下地震では、経済的損失は、1兆ドルと推定されています。これは日本のGDPの20%ですので、日本国内でリスクをシェアするのは不可能です。しかし、それは世界のGDPでみると1%です。グローバルにはシェアできない規模ではありません。しかも米国政府により世界の地震統計によると、地球上でマグニチュード7以上の地震は年間平均して13.4回発生しています。大数の法則による安定化の効果も期待できます。しかしながら、各国の法規制は、グローバルリスクプールは、受け入れていないのが一般的です。特に開発途上国では、国内の保険業界とそこでのプレーヤーを保護する傾向もあります。これらの各国の規制当局との真摯な話し合いを行い、理解を促進します。長期的には、インシェアランスと伝統的な保険会社は多くの国で共存できると信じています。

法の適用範囲:このように現在の保険法は、インシェアランスを想定したものにはなっていません。インシェアランスは集団的なリスクシェアリング構造を持っており保険に適用される最低資本等の規制をそのまま適用させるのは不合理だからです。しかしながら、インシェアランスは保険の源流により近い構造を持っており、将来的に保険法の対象に加えるのは資本規制の整備等を前提条件として自然な考え方だと思われます。インシェアランスの普及状況を見極めながら適時適切な法整備がなされることを希望します。



助け合いとコミュニティー

最後に、最も挑戦的なムーンショットは、人々がグローバルコミュニティを受け入れるような気持にさせることです。世界の人々が互いに同じコミュニティーの仲間だと思わない限り、人々が、グローバルリスクプールを受け入れることはありません。リスクシェアリングとは、他の人との小さな違いを許容しあい、同じボートに乗ることを意味します。グローバルコミュニティは、グローバルリスクシェアリングを構築するためには必要な前提条件です。逆に、リスクを共有した経験は、仲間意識を生み出し、グローバルコミュニティを強化することができます。

インシェアランスプロジェクトは、私たち世界の人々を一つにまとめ、世界のすべての人々がお互いを気遣い、助け合う世界をつくりたい、というビジョンを持っています。私たちは、人工知能とブロックチェーンテクノロジーを活用した世界的なソーシャルネットワークの時代にいます。昔は村の単位にとどまったコミュニティーが地球全体に広がって、どこにいてもみんながつながることができます。このグローバルコミュニティにより、21世紀の壊滅的リスクに対するグローバルリスクプールの必要性を受け入れる人々が増えることを目指します。インシェアランスは、同じようなリスクを有する人々が集まり、リスクを共有することでお互いをサポートする場所になりたいと考えます。あなたは地球上の誰かをサポートすることができます。この相互支援により、インシェアランスはグローバルコミュニティの強化に貢献します。